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旧中山道六十九次 ぶらり徒歩の旅 35

十三峠〜47大湫宿


作者 Hitosh



瑞浪・十三峠


ばばが茶屋跡・樫の木坂





上の写真は「ばばが茶屋跡」である
お婆さんが茶屋を開いていたからとのこと

ここを過ぎると、今までの恵那市から今度は瑞浪市に入る

その先には古い石畳が残されていた


(岐阜県瑞浪市)




権現山一里塚



樫の木坂の頂上に権現山一里塚が残されている

右手が頂上で標高591mである
ここからは、また下り道となる


(岐阜県瑞浪市)



巡礼水跡





昔巡礼がここを通り、具合が悪くなり、ここで倒れた時
ここの岩の割れ目から湧き出ている水を飲んで一命を取り留めたという

その後、十三峠のお助け水と呼ばれ、大切にされていたが
今は枯れてしまった

さらに進むと、左手の視界が開け
恵那山(2191m)がくっきりと見えるところに出る

ここの日溜りで、持参の握り飯で昼食を取った
何時ものことながら至福の時である


(岐阜県瑞浪市)



尻冷し地蔵・山の神坂・八丁坂







地蔵坂を下ったところに尻冷し地蔵がる
今でも清水の湧く壺のような池がある
かつてはお助け清水とも呼ばれていたところだ

ここからまた上り道となる
八丁坂、山神坂である

そして頂上に出ると、下に47番目の宿場・大湫(おおくて)宿が見えてきた
最後の寺坂を下ると大湫宿である

正直ここでほっとした
十三峠は、予想通り長い坂道の連続であった

道中、峠を数えながら来たが11であった

小さな峠を見落としたようである
資料によると、実際は13余り7で、20とあった


(岐阜県瑞浪市)


47大湫宿

宗昌寺





大湫宿の入口にあるのが、この宗昌寺である
丁度、大湫宿を見下ろす位置となっている

関ヶ原の合戦(慶長5年、1600年)の後
大湫村を開いた保々宗昌により開基されたとのこと

それで、宗昌寺という

(岐阜県瑞浪市大湫)



47大湫宿











大湫宿は昔の町並みが残されている
大湫宿は標高510mjの山間の宿場である

本陣1、脇本陣1、旅籠30軒と美濃16宿の中では
多い方であった

上より2番目の写真は、大湫の公民館(コミュニティセンター)である
旅人の休憩所ともなっており、観光案内や旧中山道の地図・資料があり
ありがたかった

3枚目の写真は本陣跡と皇女和宮歌碑のあるところだ
ここで和宮は宿泊されたという


(岐阜県瑞浪市大湫)



大湫神社



大湫神社の大杉である
樹齢はなんと1300年という
岐阜県の天然記念物に指定されている

信じられない程の樹齢である


(岐阜県恵那市)


大湫宿高札場



大湫宿の西の木戸である
高札場があった

次は琵琶峠を越え、今日の宿泊予定地
48番目の宿場・細久手宿である


(岐阜県瑞浪市大湫)
0701/0702


歩行略図

歩行距離 4.13km
(青線部を歩行)




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作者 Hitosh