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旧丹後街道 ぶらり徒歩の旅 10

宮津・下石浦〜丹後由良




宮津


由良川河口



蜜柑畑越しに由良川河口が見えてきた

広い河口に北近畿タンゴ鉄道の鉄橋(全長552m)が脆そうに見える
タンゴ鉄道は、西舞鶴と但馬(兵庫県)の豊岡を結ぶ第三セクター鉄道である


(京都府宮津市下石浦)


安寿の里・もみじ公園





やがて左側に安寿の里・もみじ公園に着く
河口に近いここは、丹後には珍しく広大な田圃が広がっていた

もみじ公園の安寿と厨子王の像がはるか由良川河口を遠く臨んでいる

山椒大夫伝説の里である丹後由良には多くの遺跡が点在している

筑紫の国に流された父を訪ねて
母と共に越後を旅立ったが、旅の途中人買いに騙され
母は佐渡へ、そして安寿と逗子王の姉弟は
この丹後由良の山椒大夫のところに売られてきた

姉は命と引き換えに弟を逃がし
都に出た厨子王は、やがて丹後の国主となり戻ってきて
悪人を成敗したという

森鴎外の小説や映画にもなった新古今集に載っている物語である


(京都府宮津市下石浦)


下石浦集落









もみじ公園の横を左に曲がると由良岳(640m)山麓に展開する下石浦の集落となる

この道(2枚目の写真)が 近畿自然歩道に指定されている
丹後街道で始めて見る道標であった

今まで道は、すべて持参の地図が頼りの歩きであった


(京都府宮津市下石浦)


タンゴ鉄道踏切







やがて、目の前に北近畿タンゴ鉄道の踏切が見えてきた
ここから丹後由良駅は、もう少しである

この線路沿いを左に曲がり、今夜の宿国民宿舎丹後由良荘を目指した
地図には載っているのに、道が途中で無くなってしまった
少し藪をかき分けて進んでみたがぬかるみとなり進むことが出来なかった

仕方なしに、タンゴ鉄道の踏切まで戻った
丹後街道を歩いていて、途中で道が無くなり引き返したのは
これで3回目であった


(京都府宮津市下由良)


丹後由良・町並





丹後鉄道の踏切を渡ると、古い町並みが続いていた
下の写真は、タンゴ鉄道の丹後由良駅である

この手前を右折して、由良ヶ岳の登山道に向かった


(京都府宮津市由良)




由良ヶ岳山麓





由良ヶ岳の山麓である
手前は広大な湿地帯となっていた

山腹に、今夜の宿、国民宿舎丹後由良荘があった
由良ヶ岳の登山口となっているところである

宿舎に着くと、すぐ広い浴槽で手足を伸ばした
食事の時の熱燗が実に旨かった


(京都府宮津市由良)

0712/0712



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略 図

経路青線部 距離4.64km












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