霞ヶ浦・浮島和田岬

Kasumigaura Ukisima


浮島・和田岬突端部
  霞ヶ浦の南岸東端にある浮島と言うのは、かつては霞ヶ浦の入江と東西に横に流れる野田奈(のだな)川で区切られた地区で、文字通り霞ヶ浦に浮かぶ島であった。
  それも、古代の「常陸国風土記」に、「乗り浜の里の東に浮島の村あり、四面絶海にして、山と野が入りまじり、人家は十五戸、田は七八町余あり。居る所の百姓、塩を火(や)きて業と成す」」と記されている古い地名である。
  当時は霞ヶ浦のことを信太(しだ)の流海(ながれうみ)と呼んでいた。風土記にあるとおり、古代はここは入江で、海水から塩を作っていたのである。   
浮島・和田岬
  また紀貫之の「桜川 瀬々の白波 しげければ 霞うながす 信太の浮島」と和歌にも詠まれた景勝地でもあった。
  なお、信太とは、「常陸国風土記」によると幸徳天皇の御世、筑波・茨城の郡から七百戸を分けてここに信太の郡を置いたことによる。
  その前は、ここは「日高見の国」であった。黒坂命が陸奥(みちのく)の蝦夷を征討し凱旋したが、ここで病気で身まかった。その葬儀の飾り物である赤幡(あかはた)と青幡が交差して翻(ひるがえ)り、ここに赤幡が舞い落ちてきたので「赤幡の垂り(しだり)の国」と言うようになった。それが転訛して「信太(しだ)の国」となったという。   
浮島
  新しいところでは、徳富蘆花の小説「漁師の娘」の舞台ともなっている。
  この由緒ある浮島は、1920年から続いた干拓により、1967年には陸続きとなってしまった。干拓地は、稲作の他、浮島ダイコン、浮島レンコンの特産地となっている。
  なお、霞ヶ浦が淡水化されたのは、比較的新しく、江戸時代以降である。江戸時代の初期、東京湾に流入していた利根川の流れを東に東にと変えたため、その堆積作用で入江が埋まり、水域が減少し、淡水化が進んで現在に到っている
  左の写真は、和田岬より浮島の北東部を見た写真である。浮島の東端にある妙技の鼻の先に稲敷大橋が微かに見えるところだ。 
浮島・小袖ヶ浜
  妙技の鼻は500haの広大な茅場である。例年、春先に妙技の鼻の野焼きが開催されている
。以前はこの野焼きは桜川村の祭として開催され、夕方から始まり、花火なども打ち上げられていた。
  しかし、日本野鳥の会よりクレームがあり、夜の野焼きが出来なくなった。また、以前は湿地全体を焼いたのだが、現在は野鳥保護の為に3分の一ずつしか焼くことが出来なくなっている。
  稲敷大橋は新利根川の流入する湾に架かる橋である。この先さらに常陸利根川沿いを進むと水郷で知られた潮来である。また、辺りは、北から順番に常陸利根川、新利根川、横利根川、そして利根川となっているところである。    
  
和田公園
  左上の写真は、浮島の和田岬から西側に連なる湖岸で小袖ヶ浜と洒落た名前が付いているところだ。
  
浮島の霞ヶ浦に突き出た右突端(東)が和田岬であり、左の突端は西の洲岬と呼ばれている。その間のほぼ直線部分が小袖ヶ浜である。
  和田岬の部分は、和田公園として整備されている。
広大な敷地には、広い駐車場やチューリップ畑、キャンプ場が設置されている。  
和田公園
  なお、浮島は元稲敷郡浮島村であったが、1955年に古渡(ふっと)村と合併し桜川村となった。
  そして平成の大合併(2005年3月)で、桜川村と江戸崎町、新利根川町、東町と合併して稲敷市となっている。郡名が残されているのは好感される。
  なお蛇足ではあるが、稲敷市は萩本欽一が監督を務める社会人野球クラブチーム「ゴールデンゴールズ」の本拠地となっているところとしても知られている。
和田公園キャンプ場
  左の写真は和田公園内にあるキャンプ場である。松林の林間サイトにはトイレ、水道、炊事場があり、使用料は無料となっていうる。但し、利用の際は稲敷市役所への予約が必要とのこと。
  浮島付近では、ブラックバスやブルーギル等のルアー・フィッシングやヘラブナ釣りも楽しめると言う。
  また桜川地区では、例年6月に稲敷市観光協会主催の大規模な「稲敷ふな釣り大会」が催されている。
  稲敷市を流れている横利根川、新利根川を中心とした市全体の水域で開催される大規模な釣り大会とのことであった。
和田公園遊歩道
   要領は、朝5時から午後2時までに釣り上げたフナの総重量順に順位を着け、100位までに賞品が出るとのこと(平成19年)。その他大型賞等もある由。県外の人の参加も可とのこと。
  和田公園の広い敷地内には、遊歩道が出来、自然観察が出来るようになっている。生憎の雨模様ではあったが、丁度、桜が満開で、チューリップも見ごろを迎えていた。  
和田公園・チューリップ畑
  和田公園の駐車場の横は広大なチューリップ畑となっている。毎年四月には稲敷チューリップ祭りが開催される。20万本のチューリップと言う。
  チューリップ祭りには、模擬店や舞台が出来、歌謡ショーや地元の伝統芸能や子供向けのショー、モデル撮影会等も行われるとのこと。
  我々も、ここに隣接する駐車場に車を停めて、和田公園を散歩した。広々とした、湖畔の気持ちよい公園となっている。
チューリプ畑
  その他、浮島の史跡としては、浮島の中央部の「お伊勢の台」に前述の景行天皇行在(あんざい)遺跡の碑や姫宮(ひめみや)神社、浮島城址、浮島八景、十三塚等もあり、今でも霞ヶ浦の景勝地の一つとなっている。
  水郷筑波国定公園に属している地域である。また浮島には桜川村民族資料館も建てられている。

  この後、車で稲敷大橋、常陸利根川に架かる北利根橋を渡り、潮来、北浦を経て鹿島神宮に向かった。



ルート

 
JR常磐線 土浦駅下車

レンタカー利用
土浦〜阿見町〜美浦村湖岸
〜桜川村〜浮島・和田岬〜和田公園


休憩所・駐車場

浮島和田公園に多数
トイレあり


0704/0706


悠々人の日本写真紀行 Part1 全国版
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