横浜・山手
Yokohama Yamate

根岸線・石川町駅
   恒例の撮宴会(撮影会と宴会)が今回は横浜で行われた。集合場所が左の写真のJR根岸線の石川町駅である。
  石川町と言うと、中華街や元町の玄関口としての方が名が知られているが、今回は港町横浜の山手を散策するコースであった。
  先ず、訪れたのが、石川町駅の目の前の小高い山(丘)を登ったところにある山手イタリア山庭園である。 
元町方面
  山手イタリア山庭園より横浜・元町方面を俯瞰した写真である。マリンタワーとベイブリッジ、つばさ橋が遠望できる見晴らしの良いところだ。
  この山は、昔イタリアの領事館があったことから、イタリア山と呼ばれるようになった由。そして領事館跡はイタリア風の庭園として整備されている。  
外人住宅
  庭園には明治政府の外交官であった内田定槌氏の邸宅や、当時の居留外国人の住宅(ブラフ18番館、旧天主教横浜教区司祭館)等がここに移築され、当時の暮らしぶりを再現する資料や家具等が展示されていた。
  現存のこれらの建物は横浜市に寄贈され、国の重要文化財に指定されている。
外交官の家内部
  内田定槌氏は、ニューヨーク総領事やトルコ全権大使などを歴任した外交官で、海外暮らしが長かった氏の意向を受け、当時の日本住宅としては珍しい洋館を建てたとの事。氏の写真やゆかりの資料が展示されていた。
  その後、イタリア庭園より山手本通りを海の方に向かって歩いた。
外人墓地
   山手カトリック教会、フェリス女学院、汐汲(しおくみ)坂、代官坂上、元町公園、エリスマン邸、山手聖公会堂、山手十番館と歩いた。洋館が立ち並ぶ異国情緒溢れる街路となっている。
  外国人墓地はその一角にある。今でも4200ほどの墓標が立ち並んでいる。 
  もともとは、ぺリーが再来航(1854年)したときに遡るから歴史を感じさせる。兵士の一人が軍艦のマストから転落死亡したとき、幕府がこの丘の麓にあった寺の境内の海の見える場所を提供し、埋葬したのが始まりとの事であった。
港の見える丘公園
   山手本通りをさらに進むと「港の見える丘公園」となる。この公園より港を見下ろした写真が左である。
   この後、中華街で宴会を行った。


ルート

根岸線 石川町
山手イタリア山庭園〜元町公園
〜港の見える丘公園
〜横浜中華街〜関内

歩行時間  2時間

駐車場

港の見える丘公園 有料

休憩所、トイレ
山手イタリア山庭園
元町公園
港の見える丘公園

9807/0203

悠々人の日本写真紀行 Part1 全国版
Part 1
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