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旧山陰道 43

萩城・堀内




萩城・堀内


花の江



指月公園の入口にある観光センタ花の江
地元の土産や萩焼の作品も展示されている

この「花の江」の名は、13代藩主経親別邸であった茅葺の茶室が
花の江茶亭と呼ばれていたことに由来している様だ


(山口県萩市堀内)



厚狭毛利家萩屋敷長屋





萩に現存する、最大の武家屋敷長屋である
安政3年(1856年)に築かれたもので、重要文化財に指定されている

なお、厚狭毛利氏は、元就の5男元秋を始祖とする毛利一門で
山陽道の宿場であった厚狭に知行地があったので
厚狭毛利と呼ばれていた


(山口県萩市堀内)


萩八景遊覧船のりば





萩八景、遊覧船のりばである
写真は堀に架かる指月橋より撮ったものだ

なお、萩八景とは
貞亨2年(1685年)、三代目藩主吉就が
お抱えの絵師、歌人、学者に選定させたものである

萩が松本川と橋本川で出来た三角州に出来た街であるので
この二つの川に因んだものとなっている

曰く、倉江の帰帆、玉江の名月、桜江の暮雪、小松江の晩鐘、上津江の晴嵐
中津江の夜雨、下津江の落雁、鶴絵の夕照となっている


(山口県萩市堀内)



堀内・武家屋敷群








堀内(ほりうち)は、萩城の外堀から西側(内側)の三の丸跡のことで
藩の重臣の屋敷が並んでいたところである

今でも、長屋門や土塀が残され、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている

2、3枚目の写真は元毛利家の屋敷で、その跡地3000坪の敷地を利用して
今は高級旅館「北門(ほくもん)屋敷」となっている


(山口県萩市北堀内)



毛利家別邸表門






毛利元徳が鎌倉材木座に建てた別邸の表門であった

大正10年に別邸の門として萩東田町に移されたが
その後、この地に移築された


(山口県萩市堀内)



堀内・武家屋敷土塀






堀内は今でも、武家屋敷の面影をそのまま残している
道沿いの長い土塀が、見事であった


(山口県萩市堀内)



萩博物館、田中大将像






萩城堀内東端にある田中大将の銅像の裏側に
立派な萩博物館がオープンした

建物、敷地は規模の大きい武家屋敷を模して作られたとのこと

萩開府400年の記念日である平成16年に開館したばかりの
真新しい博物館である

そして田中大将像
田中儀一、明治から昭和にかけての軍人、政治家

藩の後六尺(駕籠かき)の三男として
萩の城下町である呉服町に生まれた人であった


(山口県萩市堀内)


萩城・外堀



萩城堀内の東端に横たわる外堀である

この堀の内側(西側)が堀内で
外側(東側)が下級武士や町人の住む所謂城下町となっている

この後、堀に架かる橋を渡り、城下町に入る
維新で活躍した久坂玄瑞や木戸孝允(桂小五郎)、高杉晋作、青木周弼等は
堀内では無く、すべてこの城下町生まれであった


(山口県萩市)

0804/0807


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