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旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 10

さくら市・田町〜大田原市・若林





さくら市

喜連川宿・内川



内川に架かる金竜橋を渡り、次の宿場・佐久山に向かう
写真は、内川の金竜橋を渡って、後ろを振り返ったものだ

喜連川の町と背後に喜連川城址(お丸山公園)のスカイタワーが見える


(栃木県さくら市喜連川)


田町金鶏山、双体道祖神





内川を渡ると、田町の集落に入る

田町の自治公民館と金鶏山と掛かれた真っ赤な鳥居
金鶏は天上に住むという鶏
この鶏がまず暁を告げ、他の多くの鶏がこれに応じて鳴くという
その鶏が棲んでいたいたところであろうか

そして、大きな双体道祖神
本来は境を守り悪霊の進入を防ぐ神であるが
村境や辻に祀られることから
道路の悪霊を防いで行人を守護する神ともなった

これだけ大きい道祖神は珍しい
この先、陸奥に向かっての長い道程の無事を祈って合掌


(栃木県さくら市田町)



菖蒲沢公園入口、鶴ヶ坂





この坂を鶴ヶ坂と言う
鶴がいた坂の意だそうだ

上り坂の途中右手に菖蒲沢公園と書かれた標識がある
フィオーレ喜連川の入口である
温泉付林間住宅地として開発されたところだ
総区画数1115区画と大規模なものだ

そして、左手にJRのビューフォレスト喜連川と続く
こちらはJR東日本が、今販売中の温泉付き住宅地である


(栃木県さくら市フィオーレ喜連川)



南和田追分



峠を越え、坂を下ると南和田の集落が見えてくる
烏山矢板線(県道25号線)と合流するところだ

南和田には旧奥州街道の34番目の一里塚があったという


(栃木県さくら市南和田)


曾根田集落









曾根田の集落に入る
周辺は広い田圃となっている

そして農家の立派な長屋門
民家の庭の鯉幟が疲れた旅人を癒してくれた


(栃木県さくら市曾根田)


江川・宮下橋





曾根田集落を抜け下河戸(しもこうど)の追分を右折する

直進すると矢板方面(県道25号線)で、
旧街道はクランク型に右に曲がっているところだ

江川の手前右手には、これまた大きな双体道祖神と
天皇御小休際御膳水と刻まれた石碑があった

この辺の道祖神は、実に大きい
信州の中山道を歩いている時は道祖神が多かったが
総て、路傍にある小さなものであった

江川に架かる宮下橋を渡る

江川は矢板市箒川近くの里山を水源とし
この辺一帯の田畑を潤している貴重な川だ

塩那丘陵の尾根の間を流れ、那須烏山市向田で荒川に合流している


(栃木県宇さくら市下河戸)


引田川





引田川は曾根田集落の東側で前述の江川に合流している

引田川に架かる合柄橋を渡ると、右手に源氏ボタルの里入口だ

源氏ボタルは平家ボタル等と違い、幼虫は綺麗な水に棲むという
体長の大きなホタルである(12〜20mm)


(栃木県さくら市下河戸)


引田集落






さくら市最後の集落、引田に入る

右手に「明治天皇御休輦之處」碑がある
その前は、ゲートボール場になっていた


(栃木県さくら市引田)


さくら市、大田原市境






さくら市と大和田原市の境界だ

この手前左の民家の庭に一里塚が残されていると
手元の資料に書いてあったが、わからなかった

一枚目写真の左側に石仏があった
多分此の辺であろうと撮影する


長かったさくら市を過ぎ、大田原市若林に入る
次の宿場・佐久山までは、あと1里である


(栃木県大田原市若林)
0904/0905


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略 図

経路青線部 距離 7.16km











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